辰巳渚さんという光

師として慕っていた辰巳渚さんが先週突然の事故によりお亡くなりになりました。


辰巳さんが亡くなった、というメールをもらったのですが

その意味が全く理解できなかった。

日本語なのに、理解できない。


人は悲しすぎると涙が出てこない。


まだ辰巳さんが亡くなったなんて信じたくなかったからだと思うけれど、

淡々とと伝えられるニュースの言葉が耳に入っても遠くの方で響いている音にしか感じられない。

ニュースの中では『東京都在住の自営業、52才女性』と呼ばれる辰巳さん。

「そんなの辰巳さんじゃない!」と思う私。(本名での報道だったので、報道側も辰巳さんだとは気がついてなかったようですが)


東京の浅草で、下町生活をたのしみながら人と人とのつながりを大切にしていて、日本の文化、和の生活を楽しんでいて、すてきなだんなさんとお子さんたちに囲まれていて、たくさん本を書いて、心に響く講演を各地でしていて、家事塾・家事セラピストを作って、セラピストを200名以上排出して、辰巳さんの著書などで影響された人が全国に・世界中にいっぱいいて、とても聡明で、アカデミックで、かっこよくて、美人で、フォトジェニックで、ネコが大好きで、愛猫の麦ちゃんをこよなく愛していて、日々の生活を大切にしていて、彼女の住んできた家はすべて彼女の息がかかった辰巳ワールドになっていて、いつもすてきなエルメスのマグカップでお茶を飲んでいて、おしゃれで、かわいらしくって、チャーミングで、時々抜けてるところもあって、そこがまた愛すべきところで、完璧そうに見えても彼女にも悩みや戸惑いだってあって、生きるパワーにあふれた人だった。


当たり前でないがしろにされていた家事というもの・日々の営みというものを見える形に、価値あるものにしようとしていた、これからあたらしい事業で見える化する未来を見ていた人なんです!!


そんな風に呼ばないでください

という気持ちだった。

新しい事業がスタートして、再婚されただんなさんともとても仲良くされていて、

公私ともに生きるエネルギーが光り輝いていた時だったのに。

人生の次のステージに立ったばかりで、彼女がいないと困る人たちがいっぱいいるのに・・


とにかくここ数日は朝起きると辰巳さんのことを思い、

「辰巳さんがいない世界にいまわたしはいるんだ」

と思ったり、
「先週の〇曜日はまだ辰巳さん元気でいたんだよね。。」

なんて思ったり。


辰巳さんとの出会いは、産後ドゥーラ養成講座でした。

彼女は家事の講師として来ていました。

会ったとたん「あっあのベストセラーで有名な人が来てる♪」なんてミーハー気分だったのですが、

講座が進むにつれ「わたしがうすぼんやりと思っていたことをちゃんと言葉にして形にして壮大な思いを描いている人だ!」と直感的にわかり、講座後つかつかとまっすぐ辰巳さんに近寄り、

「わたしも同じ思いでいました!!」なんておこがましくも自分の思いを伝え、

手作りのわたしの名刺を渡していたのでした。

そんなわたしをニコニコしながら見つめていてくれたのが辰巳さんでした。

そのころわたしはなんの肩書もなにもなかったのですが、そんなわたしを面白がってくれ、かわいがってくれたのが辰巳さんでした。

「家事塾においでよ」

と言ってもらえて、彼女の下で家事セラピストになり、その後もドゥーラ向けの講座を一緒にコラボして開催したり、彼女のプロジェクトに誘ってもらって参加したり、勉強会に行ったり、浅草の街を探索したり。。


この粗削りな、ほんとに何物でもなかったわたしの存在そのものを認めてくれたのが辰巳さんでした。

人生ではじめて『恩師』と思える、心が通じ合える師匠とその弟子という関係性を教えてくれたのが辰巳さんでした。


とても著名な人だし、わたしからすると雲の上の存在であるにもかかわらず、

わたしの目の前にいる彼女はいつも彼女であり、垣根のない付き合いをしてくれたのでした。


今はなき、茅ケ崎の家、代々木の家にもお邪魔させてもらったし、浅草の家も彼女の手から生み出されていく瞬間も見せてもらっていました。大宰府で泊まり込みの合宿までして温泉も一緒に入りました。


人生と言うのは非情なことが起こるものです。

なんで?どうして?という言葉しかなく、ぼーぜんとする日々でした。
スピリチュアルを勉強しているのでそちら側からの理解の仕方があるとわかってはいるのですが、
それでもやっぱり辰巳さんが亡くなっただなんて信じたくなくて。

浅草に行けば会えるはずの彼女がいまはもういない、というのが理解できない。


日曜日に偲ぶ会が、彼女が愛した街、浅草にてありました。

そこでお骨になった辰巳さんと対面してはじめてほんとうに彼女が光の世界に旅立ったことを肌で感じました。

だんなさんからニュースでは知りえなかった事故当時の様子を伺い、

「辰巳さんそうだったんですね。」とやっと状況を受け入れることができました。


会場にいた方は気が付いたかもしれないですが、ご遺影の横の花が、空調のせいかもしれないけれど、二輪だけずっとずっと揺れていました。

辰巳さんがそこにいるってことを教えてくれているんだなと思いました。


辰巳渚さんという光。

美しく聡明であり、それでいてかわいらしくお茶目だった光。

そして暮らしというものを、人の営みというものの中に光を見出していた人。


辰巳さんの思いに共感した一人として、これからどうわたしは生きて行こうかと思う今日。


さわやかな空の上から辰巳さんの光のかけらを受け取った思いです。

ちょうど江原さんのラジオで「立派な魂はあの世に早くに帰っていくことがあるの」と聴きすこし慰められました。それは現世の価値基準では理解しにくいことだけれど、宇宙の意図というのは我々の理解の範囲の外に真理があるのかもしれないです。


わたしは向田邦子さんが大好きなのですが、その同じ線上にいたのが辰巳さんです。
向田邦子さんにはお会いすることはできなかったけれど、辰巳さんには直接学ばせてもらい、辰巳さんという光を感じさせてもらうことができました。


辰巳さん。

辰巳さんの訃報を聞いた日も、辰巳さんの死を受け入れられないでいた日も、偲ぶ会でお骨と対面した日も、わたしは茶碗を洗い、洗濯を干し、食事を作りました。

どんな日にも暮らしは、日々の営みはだれにでもあり、それをすることで自分がここにいるということを確認できるんだと何度も言われていましたね。


辰巳さん、ほんとうに、辰巳さんが亡くなった日も、わたしは悲しみの中にいても家族のために手を動かし体を動かしました。

そうしている間は、ふっと悲しみから解放されて、そんな作業の中に癒されていたような気がします。


当たり前の、だれでもすることであって、価値のないものと思われる中に、辰巳さんが言われていたことを、身体中で感じています。


辰巳さん、あなたは死をもってしても、わたしに学びを与えてくれているんですね。


わたしの座右の銘は『女性たちよ自灯明であれ』という釈迦の言葉です。

お釈迦様がなくなる寸前に、弟子のアーナンダが「お釈迦様が死んでしまったらわたしたちはどうしたらいいのでしょうか」と言ったとき「他をよりどころとするのではなく、自らが光りなさい」と言われたそうです。(お釈迦さまが『女性たち』とつけたかは定かではないですが、わたしはつけてこの言葉を言いたい)


まさに、わたしはその言葉を現実にするべく、明日から、与えられた生かされているこの日を茶碗を洗いながらどう過ごすかをちゃんと考えて生きようと思うのです。


全国からたくさんの人が辰巳さんに会いに来ていました



辰巳さん、ありがとうございました


一緒にコラボ講座できてとてもたのしかったです


意外とツーショット写真がなくて、こんなわたし態度でかい感じのものしかなくて・・
辰巳さんごめんなさい


愛猫の麦ちゃん・・辰巳さんが帰ってこなくてそれがどうしてなのか理解できないんじゃないかと思うと切ないです

いや、動物こそちゃんと第六感で辰巳さんの魂を感じているのかもしれないですね



辰巳さんの魂は私たちの中に生き続けています



しなやかにすこやかに

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